見立て02

「釜定」シャロウパンと呼ばれる鉄製フライパン


寒さ厳しい自然の中だからこそ育まれた誠実なモノ作りの精神。
研ぎ澄まされた機能美の中に優しさと温かさがありました。

モダンな機能美と鉄本来の温かみをあわせ持つ
一生モノの鉄製フライパン

宮沢賢治が愛した美しい自然と健やかな暮らしに触れた、花巻・北上川のほとり。おとぎ話の世界に入っていきそうな遠野の山道。宮古で見た溢れんばかりの満天の星。岩手県のシンボル、雄大な姿を誇る岩手山。そして、街の至るところに歴史的建造物があり文化の香りに包まれる盛岡。岩手県を旅して、自然や歴史が渾然一体となった日本の原風景にいくつも出会いました。

その盛岡の中心地で、江戸時代の面影を残す紺屋町。一角にある老舗の南部鉄器工房「釜定」を訪れて美しい鉄瓶に見入っていると、「シャロウパン」と呼ばれる鉄製フライパンを見つけました。シンプルで潔いデザインの中に、何とも優しい丸みと鉄本来の温かみがあります。どんなキッチンにも馴染み、飽きが来なさそう。その場で一目ぼれをしてしまいました。

もちろん、南部鉄器の伝統技術が生かされた鉄器ですから機能は申し分ありません。これでホットケーキを焼くと美味しそうな焼き色が付き、玉子を焼くと「ジュッ!」という鉄ならではの小気味よい音が食欲をそそります。料理する時間が愛おしくなり、使うほどに愛着がわいて手放せなくなりました。

岩手と北欧に共通する厳しい自然
だからこそ育まれたモノ作りの精神

盛岡で鉄器が発達したのは、江戸藩政時代の藩主が茶の湯道具を藩内で作りたかったことによるのだとか。中央から離れていながら文化芸術が盛んで茶の湯が栄えたことと、鉄資源や製鉄に必要な自然資源に恵まれていたのもあるそうです。今やその高い品質によって世界的な人気を誇り、海外からの注文も多いそうです。

ただ、これほどの工芸技術が発達したのは他にも理由がある、と地元の方はいいます。冬が長く農閑期に何か作らないと生きていけなかったこと。冬の寒さが辛抱強い気質を育み、粘り強くモノ作りに取り組むことで良い工芸品を作ったことが、長く愛されるモノを生み出してきたのだと。歴史や文化、自然が一体となった風土が実直なモノ作りの精神を育てたのですね。

研ぎ澄まされた機能美をもつ釜定のシャロウパンには、北欧の工芸品を思わせる佇まいがあります。岩手県も北欧諸国も寒冷地。厳しい自然の中で古くから独自の良質なモノ作りが発展し、今に受け継がれ、世界各地で愛されていることも同じ。極寒の地だからこそ生まれた誠実な工芸品が、私にモノを愛しむ喜びを教えてくれ、心をじんわりと温めてくれるのです。

橘 紀子 書き手・企画

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